香川の島々などを舞台に繰り広げられる現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭2022」は、14日の開幕まであと2週間となった。島の固有文化と現代アートが融合することで生まれる非日常の世界。3年に1度、そこへとつながる扉が間もなく開く。さあ、今度はどんな出会いが待っているのだろうか。



 10年から始まった瀬戸芸は今回で5回目。会期は春会期(14日~5月18日)、夏会期(8月5日~9月4日)、秋会期(9月29日~11月6日)の計105日間。今年はメイン会場となる島と本土側の連携を強化し、地域の特色ある自然や歴史、文化などの魅力を互いに発信する作品展示やイベント開催を通じて周遊を促進する。





 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、創作活動を制約された国内外の参加アーティストは急ピッチで準備を進めている。全会期を通じた参加作家・プロジェクトは3月29日時点で33カ国186組。台湾の王文志(ワンウェンチー)さんや現代美術家の杉本博司さん、日比野克彦さん、川島猛さん(高松市出身)、南条嘉毅さん(坂出市出身)らが名を連ねるほか、瀬戸芸に強い関心を寄せる国内外のアーティストらが参加する。




 会場は前回と同じく、「直島」「豊島」「女木島」「男木島」「小豆島」「大島」「沙弥島」「本島」「高見島」「粟島」「伊吹島」「犬島」の12の島と高松港・宇野港周辺。沙弥島は春会期のみ、本島、高見島、粟島、伊吹島は秋会期のみの開催となる。今回は来場者が安全に鑑賞を楽しめるよう感染防止対策を施すなど、ウィズコロナ時代の新たな試みも行われる。

 青い海を行き交うフェリー、島と来場者を結ぶ斬新な現代アート。思い出に残る出会いと感動を求め、今回も自由な空間に出掛けよう―。



拝見しました 創作の現場

女木島 大川友希さん 古着紡いで空き家装飾 会期通じて作品「成長」


「こえび隊」のメンバーに「記憶の紐」の作り方を教える大川友希さん(左から2人目)=香川県高松市、サンポート高松

「こえび隊」のメンバーに「記憶の紐」の作り方を教える大川友希さん(左から2人目)=香川県高松市、サンポート高松


 日常生活にある物をモチーフに、古着や布を使って立体作品やインスタレーションを制作するアーティストの大川友希さん(千葉県在住)。初参加となる今回の瀬戸芸では、ボランティアや来場者と一緒に古着を紡いで作った紐(ひも)を「記憶の紐」と名付け、女木島の空き家を彩る「結ぶ家」を展開する。

 大川さんは3月下旬に高松に入り、ボランティアサポーター「こえび隊」のメンバー21人と、空き家を装飾する紐を制作するワークショップを開催。全員で持ち寄った大量の古着を細く裁断し、違う色や柄の3枚の布を三つ編みにして1本の紐にしている。


「会期を通じた作品の成長を楽しんで」と語る大川さん

「会期を通じた作品の成長を楽しんで」と語る大川さん


 「一軒家を覆うためには何百本も必要。大勢の力が欠かせない」。瀬戸芸会期中も週末にワークショップを開き、来場者と一緒に紐を増やして飾り付けることで作品が「成長」していく仕組みにするという。

 古着は記憶と経験が詰まったものだと考える大川さん。「記憶の形は断片的で入り組んでいるイメージ。古着を切って結んで編むことで新たな作品として再構築したい」と力を込める。空き家に残っていた古布も使い、女木島の土地の空気感や記憶を感じてもらう考えだ。「完成形はいまだ想像がついていない。『記憶の紐』を増やし続けて、会期の最初と最後でどう変化したか違いを楽しんで」

小豆島 土井健史さん 迷路のまちに「立入禁止」 日常の見方変えてみて


「立入禁止」エリアにロープを張る土井健史さん=香川県土庄町

「立入禁止」エリアにロープを張る土井健史さん=香川県土庄町


 土庄町の「迷路のまち」を舞台に作品展開する設計士の土井健史さん(東京都在住)。建物や空き地など至る所に「立入禁止」エリアを設け、来場者になぜ立ち入り禁止なのか想像を膨らませてもらう趣向だ。「形ある物だけでなく想像もアート。見方を変えると日常風景が興味深く見える」と話す。

 「立入禁止」は14カ所に設定。例えば旧土庄町役場もその一つ。過去の役場ではどんな人が働き、どんな日常があったか、建物は今後どうなるのか―。それを想像するのがみそという。さらに、まち周辺には特攻隊の兵舎や江戸時代の陣屋があったとされ、作品を通じて歴史を掘り起こすのも狙いだ。「この体験を各地で実践することで町おこしにつながれば」と考える。


土井さん(左)とアシスタントの江森健人さん

土井さん(左)とアシスタントの江森健人さん


 きっかけは新型コロナウイルス禍で散歩する機会が増えたこと。よく見知った近所でも視点を変えれば意外な発見が多いと気付き、その感覚を作品化した。普段は建設会社でビルなどの設計を担当。設計前には周辺の建物や歴史を入念にリサーチしており「妄想するのは癖なのかも」と笑う。

 作品制作で週末ごとに同僚と島を訪問。徐々に島民との交流が生まれ、歴史を教わったりお菓子をもらったり。「土庄は人が温かく歴史的な建物が残る場所。ぜひ訪れて、自由な発想で作品に触れてほしい」

高松港 AsakiOdaさん ターミナルに海の生物 最新リモート技術活用


遠隔作業支援システムを使って会場の下見をするAsaki Odaさん(左)ら=香川県高松市サンポート、高松港旅客ターミナルビル

遠隔作業支援システムを使って会場の下見をするAsaki Odaさん(左)ら=香川県高松市サンポート、高松港旅客ターミナルビル


 「会場の広さは分かりますか」「ここに作品を取り付ける予定です」―。高松港旅客ターミナルでは3月上旬、作家のAsaki Odaさん(米国在住)が最新のリモートシステムを使い、東京にいる制作担当者と意思疎通しながら会場の下見を行った。

 Odaさんの作品は、段ボールなどで作ったカメや魚の群れをターミナルの天井などからつるすインスタレーション。海を望むロケーションを生かし、無数の水生生物が宙を泳ぐ水族館のような空間を思い描く。


「海の生物を見て楽しい気分になってもらえたら」と話すOdaさん

「海の生物を見て楽しい気分になってもらえたら」と話すOdaさん


 今回は東京にいる制作担当者がスケジュールの関係で来県できなかったため、リモートでの下見を実施。使用したのは「遠隔作業支援システム」。現場の人がカメラ機能を搭載したスマートグラスを着用し、遠隔地の人と映像・音声をリアルタイムで伝え合う仕組みだ。

 Odaさんはさまざまな角度の映像を制作担当者に伝達。「この場にいない人と同じ目線でやりとりできるのが便利。とてもいい経験になった」。リモート作業は初めてだったものの、そのスムーズさに充実感をにじませていた。

 普段はサンフランシスコを拠点に店舗のショーウインドーなどを手掛ける。「ターミナルは多くの人が集まる場所。生き生きと泳ぐ“海の生物”を見て少しでも楽しい気分になってもらえたら」。大勢の来場者を出迎える日が待ち遠しい。

インタビュー

福井大和さん(男木島)万全の体調で来島を コロナ下、気持ちほぐして

 前回は最多の117万人が、小さな島を含む会場を訪れた。島の活性化にさらなる成果が期待される一方で、コロナ流行下で初の開催となり不安要素もある。迎える島民の思いを、瀬戸芸を機に男木島にUターンしたIT関連企業社長、福井大和さん(44)に聞いた。


旧郵便局を改築したコワーキングスペース「鍬と本」で取材に応じる福井大和さん=香川県高松市男木町

旧郵便局を改築したコワーキングスペース「鍬と本」で取材に応じる福井大和さん=香川県高松市男木町


 ―これまでの瀬戸芸をどう評価する。

 経済効果はもちろん大きいが、数字ではなく、訪れた人が島の文化、歴史、考え方などの「地域の本質」を感じ取ってくれたことと、それによる変化、反応こそが成果だ。

 また、受け入れ態勢を超えた人数が来島したために問題も起き、2019年には一時のブームとして消費されるのではない、サステナブル(持続可能)な価値観が必要だと運営側も島民も感じ始めた。世界のトレンドがそのまま、瀬戸芸にも現れている。

 ―島民側に変化は感じられたか。

 例えば乳母車をアートにするプロジェクト「オンバ・ファクトリー」は、70歳を超えた島の女性にも、芸術は敷居の高いものではなく、日常の中にもあるといった気付きや、自己肯定感を引き起こしたと思っている。これはアートがもたらした反応のほんの一部で、次の3年間の方向性を導いた。どこの島でも同様のことが起き、アーティストの想像をも軽く超えて発展したと思う。

 ―コロナ下においての初の開催。不安は。

 島はどこも高齢者が多く、当然ある。しかし元々、若い世代を中心に島へのレジャー客は増えていた。今回の芸術祭では実行委がしっかりと感染対策を打ち出しているので、この機会にかえって予防意識が徹底されるのではないかと考えている。だが万一、来島者に急病人が出た場合、島民がコロナを想定しながら対応しなければならないことも考えられ、難しさは普段と桁違いだ。来島する人はいつも以上に自身の体調に気を配り、万全の状態で楽しみに来てほしい。

 ―願うことは。

 島のインフラは島民の規模しかなく、一日何千人という人が来た場合、都会の便利さ、完璧なサービスを求められても難しいことは理解してほしい。またアーティストの移動が制約され、制作に遅れも出ているようだが、無理に間に合わせるよりは会期中に完成していく様子も楽しむ気持ちでスロースタートを切るのもよいのではないかと思っている。とにかく、コロナ禍で行き詰まってしまった人の交流、気持ちをほぐしてくれる芸術祭になることを祈っている。

■ふくい・やまと 1977年生まれ、高松市男木町出身。IT関連会社「ケノヒ」代表。2013年の瀬戸芸を契機に島へUターンし、男木小・中学校の再開に尽力。現在男木地区のコミュニティ協議会長も務める。

感染対策徹底 体調事前申告、リストバンド装着を



 新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、会場となる島々は十分な医療・救急搬送体制が整っていない現状を踏まえ、今回の瀬戸芸では、新たにまとめた指針に沿って感染予防対策を講じる。

 基本的な感染対策では、マスク着用や手洗い、手指消毒などの徹底を図る。各会場へのアクセス拠点となる高松港の発券所や、島々の案内所、作品の展示場所などに検温スポットを設け、係員が来場者の検温を行った後、口頭やフリップで体調不良がないかどうか聞き取りを行う。

 異常がなければ、作品鑑賞や関連施設への出入りが可能となるリストバンド(当日のみ有効)を配布し、装着してもらう。一方、37.5度以上の発熱や体調不良の場合は、作品鑑賞や施設への入場はできない。

新たに「デイチケット」 きょうから販売



 瀬戸芸を気軽に楽しんでもらおうと、瀬戸内国際芸術祭実行委員会は1日または2日間限定の鑑賞チケット「デイチケット」を新たに導入、1日から販売を開始する。併せて「3シーズンパスポート」の前売りも始める。チケットやパスポートは芸術祭公式ホームページのほか、全国のコンビニエンスストア、各種プレイガイドで購入できる。

 「デイチケット」は春、夏、秋それぞれの会期ごとに用意。1デイは当日限り、2デイは連続する2日間に限り、作品・施設(一部除く)を1回ずつ鑑賞できる。価格は1デイが1800円、2デイが3200円。

 また、「3シーズンパスポート」は全会期を通して有効で、一般4000円(当日券は5000円)、16~18歳は3100円。開幕前日まで購入可能。芸術祭期間限定の「フェリー6航路限定3日間乗り放題乗船券」の前売り券は、高松港と直島、小豆島、男木島・女木島、小豆島と豊島などを結ぶ航路が対象で、価格は大人2300円(当日券2600円)、子ども1150円(当日券1300円)。

 問い合わせは瀬戸内国際芸術祭チケットセンター、電話087-811-7921。

春会期、GWが混雑ピーク



 瀬戸内国際芸術祭事務局がホームページで公表している春会期(14日~5月18日)の混雑予想(3月18日時点)によると、来場者のピークは、長期連休中の29日~5月1日、5月3~5日で、状況によっては希望する船やバスに乗れない可能性が高く、複数の作品で大幅な待ち時間が発生すると見込んでいる。

 このほか、会期中の土・日曜は時間帯によって船便やバス、作品鑑賞で混雑することが予想される。

 瀬戸内国際芸術祭事務局は「新型コロナウイルスへの感染リスクを減らすため、できるだけ混雑が少ない日を選び、3密の回避や、マスク着用、手指消毒など基本的な対策を徹底してほしい」と呼び掛けている。

(四国新聞・2022/04/01掲載)


瀬戸内国際芸術祭2022


特集 瀬戸内国際芸術祭 | 四国新聞社


関連情報