香川県の西部に位置する伊吹島。来年の瀬戸内国際芸術祭では、秋会期の会場の一つにもなっている。周囲5・4キロの小さな島には、歴史のある神社や伝統行事から、海を見渡す絶景やアート作品の展示など想像を超える魅力がたっぷりだ。瀬戸芸本番を前に、一足早く島を満喫する旅に出掛けた。

 定期船が島に近づくにつれて見えてきたのは、海岸沿いにずらりと並んだイリコの加工場。イリコはカタクチイワシをゆでて干した煮干しのことで、伊吹島は全国有数の産地として知られる。島の中心産業とあって、シーズンの6月ごろになると辺り一帯が一気に活気づくという。漁協ではイリコはもちろん、イリコをモチーフにしたTシャツやタオルの販売も。旅のお土産にぜひともゲットしたいお薦め品だ。

 港に着き、道を真っすぐに進むと、四国八十八カ所巡礼の納め札のアーチが出迎えてくれた。伊吹島では、はやり病を鎮めるために弘法大師信仰に頼ったとの言い伝えがあり、戦前から大師入定の日(旧暦3月21日)に合わせて納め札で作った魔よけ飾りをくぐり、島内の石仏を巡るミニ四国八十八カ所霊場巡り(島四国)の風習が今も受け継がれている。


「出部屋」と呼ばれた産院の跡地。今は瀬戸芸作品が展示されている(栗林隆「伊吹の樹」)

「出部屋」と呼ばれた産院の跡地。今は瀬戸芸作品が展示されている(栗林隆「伊吹の樹」)


 出産を終えた女性が、およそ1カ月の共同生活を送っていた産院の跡地も必見。「出部屋(でべや)」と称された建物は、江戸時代末期から1970年まで使用されていたといい、当時の門柱が残るこの場所には現在、瀬戸芸の作品が展示されている。漁業や農作業などの仕事からしばらく離れ、母子たちだけで助け合いながら月日を過ごす。子どもを島全体で大切にしていた伊吹の子育ての原点を知ることができた。


高台にある歌碑の後ろは海原が広がる

高台にある歌碑の後ろは海原が広がる


 港に戻り、加工場を背に少し坂を上った所で一つの歌碑が目に入った。立ち止まって読んでみると、「緑濃き 豊かな島や かかる地を 故郷にもたば 幸せならん」と刻まれている。詠んだのは、国語学者の故金田一春彦氏。実は伊吹島では古語に属する方言や特殊な敬語が使われ、平安時代のアクセントが今もなお残る言語学上貴重な土地。金田一氏も2度島を訪れたという。

 思わずカメラを構えたくなる瞬間が多々あった今回の旅。ハート形のベンチから見る絶景、ジオサイトで注目される石門、道中にふらりと現れる愛らしいネコたち―。伊吹島には、まだまだ底知れない魅力が詰まっているようだ。

(四国新聞・2021/12/11掲載)

産院跡


金田一春彦氏の歌碑


石門



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