悲劇の帝(みかど)・崇徳上皇ゆかりの地、八十場(香川県坂出市西庄町)。干ばつ時にも枯れないという湧き水「野沢井(八十場の泉)」には数々の伝説が残り、現在も歴史ファンが訪れる奇怪的なスポットだ。その傍らにたたずむ弥蘇場(やそば)地蔵堂では現在、“キリン”に会えるという。早速、車を走らせ生死にまつわる説話とくすっと笑えるアートの融合を体感した。


数々の伝説がある野沢井(八十場の泉)


 車でJR予讃線「八十場駅」の踏切から南西に入ると、名物・ところてんを提供する創業230年以上の老舗「清水屋」の看板が見えてくる。その清水屋のすぐ横から湧き出す水が野沢井の源。その昔、悪魚の毒気にかかった日本武尊( やまとたけるのみこと )の家来80人が、この水を飲んで蘇生したという伝説から「弥蘇場」とも表記されている。

 木陰に咲くアジサイを見ながら湧き水に触れると、じめじめとした暑さを吹き飛ばすかのような冷たさに驚いた。1164年、讃岐に流された崇徳上皇が夏場に崩御した際、勅許が届くまでの間に遺体の腐敗を防ぐため湧き水をかけ続けたことで、生きているかのような顔を保てたという話に思わずうなずいてしまった。

 野沢井のすぐ隣には、地域住民に愛される弥蘇場地蔵堂があるのだが、想像していた様子と違った。近づいてみると、正面の引き戸を開けて寝転びながら外を眺めているのは大きなキリンの立体造形。さらに、奥には地蔵に手を合わせて、お経を唱えているようなキリンがもう一体鎮座していた。


地蔵堂内から外を眺めるキリンの立体造形。奥には地蔵に向かって拝むキリンも=坂出市西庄町


 これらの作品は同市の造形作家・岡山富男さん(70)が制作。同地蔵堂を管理する地元有志の一人である岡山さんが、毎年7月に同所で営まれていた先祖の霊を供養する「流水灌頂(かんじょう)法要」が新型コロナ感染症で中止となっているため、ユニークな作品で地域住民に元気になってもらおうと、2020年の秋ごろに展示を始めた。今年は5月上旬に開かれた地元のイベント後から同地蔵堂内に2体、清水屋に1体のキリンを展示している。

 作品は、清水屋がところてんを提供する11月までは展示する予定という。「地蔵堂とキリンの組み合わせは面白いだろうと思った。ところてんを食べながら注目してほしい」と岡山さん。この夏は崇徳上皇に思いをはせながら、日々時間に追われている現代人に「急がない、急がない」とでも言い出しそうなキリンと写真を撮るのも楽しそうだ。

(四国新聞・2022/06/25掲載)

八十場の泉



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