香川と岡山の島々などを舞台にした「瀬戸内国際芸術祭2022」(同実行委主催)は、“最終章”となる29日の秋会期開幕まであと2週間となった。会場は春・夏会期の7島に高松港、宇野港(玉野市)と、本島(丸亀市)、高見島(多度津町)、粟島(三豊市)、伊吹島(観音寺市)の四つの島が新たに加わり、芸術の秋にふさわしい趣のある作品群がアートの祭典を盛り上げる。



 秋会期は、11月6日までの39日間。国内外の作家が手がけた新作を含む計約210作品が登場し、それぞれが島々などの自然美の中で輝きを放つ。今回の瀬戸芸がメインテーマに掲げる、会場の島と本土側の連携を強化することで、地域の特色ある自然や歴史、文化などの魅力を高め合うプロジェクトは成果が期待される。
 また、瀬戸内の景色を舞台芸術にした芝居やダンスパフォーマンスのイベントも盛りだくさんだ。
 多度津町では、昔ながらの風情が残る商店街で建物を活用したアート作品の展示やダンスパフォーマンスを展開するほか、観音寺市は映像作品や灯(あか)りを使った陶芸作品などを道しるべに夜の街を散策する「よるしるべ」で中心市街地を彩る。男木島では海の生き物をモチーフにした壮大な物語を踊り手たちがダンスで表現。粟島では東京芸大学長で現代美術家の日比野克彦さんが中心になって制作した作品を展開する。
 4月14日に開幕した今回の祭典もいよいよフィナーレを迎える。過ごしやすい季節が巡ってきた。今年は島旅を楽しもう。



多度津街中プロジェクト

歴史ロマン、アートと融合

 古くから海上や陸上交通の要衝として栄えた多度津町。秋会期では、その歴史を物語る街並みとアートを融合させる取り組みを展開する。アート鑑賞と併せて街を散策することで、来場者に多度津の歴史ロマンに浸ってもらう。本土側の周遊性向上を図る今芸術祭の重点テーマの一環だ。
 多度津町は近世から近代にかけて北前船の停泊地として回船業などによって発展、金毘羅参詣の玄関口としても栄えた。街の中心部には往時の雰囲気が色濃く残る町家や蔵屋敷が数多く点在している。作品を展示するのは、旧豪商の邸宅「旧合田家住宅(合田邸)」がある本通商店街周辺で、江戸末期~明治時代に建てられた土蔵や酒造場が舞台となる。


作品が展示される本通商店街。古い街並みを今に残している=多度津町本通


 出展作家は尾花賢一さんと山田悠さんの2人。尾花さんの作品は桃陵公園の「一太郎やあい」の銅像のエピソードをモチーフにしたもの。日露戦争に出征する息子を見送る母親がモデルで、この親子に関する当時の記録や後日談なども調べた上でイラストや写真を用いて2人の人生を再構築する。
 展示場所は回船問屋の蔵だった「旧塩田家土蔵」。塩田家は町の近代発展に尽くした7人の豪商「多度津七福神」にも数えられた。土蔵には船で運んだ積み荷を収蔵していたといい、その威容から往時の繁栄ぶりがうかがえる。


尾花賢一さん作品 尾花賢一さんの作品のイメージ(右)旧塩田家土蔵(左)


 山田さんは1970年代まで酒の醸造販売を行っていた旧吉田酒造場で「月」をテーマにした作品を展開。町内で撮影した月夜の写真をつなぎ合わせ、古い街並みに沿って月が動くように見える映像をスクリーンに映し出す。来場者に普段と異なる街の風景を発見してもらうのが狙いだ。
 町政策観光課は「展示スポット以外にも歴史ロマン漂う建築が多数残っている。高見島でのアート巡りと併せて街中にも足を延ばしてほしい」としている。


山田悠さん作品 山田悠さんの作品のイメージ(上)旧吉田酒造場(下)


「Come and Go」(男木島)

海の世界、衣装で表現

 カラフルな衣装をまとった踊り手が音楽にのってダイナミックなダンスを繰り広げる。衣装は魚や海藻など海の生き物をイメージしており、動きに合わせてひらひらと揺れる。
 10月に男木島で上演されるダンスパフォーマンス「Come and Go」。服飾アーティストひびのこづえさん、ダンサーの島地保武さん、音楽家の小野龍一さんの合作で、出演するのは県内外から集まったダンス愛好家たちだ。


ダンスパフォーマンスの練習に汗を流す踊り手=高松市男木町


 衣装はひびのさんが担当。海の世界をモチーフにしたのは新型コロナウイルス禍で自由に人と人が会えなくなったことを悲しみ、潮が満ち引きを繰り返す様子に人の出会いと別れを重ね合わせたという。「巨大な波やクラゲなど驚くものも登場するので楽しみにして」とひびのさん。
 8月15、16日には男木小中学校でリハーサルを実施。踊り手の一人で男木町の須田珠恵さん(50)は地元で開かれる瀬戸芸を盛り上げたいと応募した。「誰もがかわいくコミカルに見える衣装がすてき。ダンスは島の風景ともマッチしている」と充実感をにじませる。
 踊り手たちは数日前に出会ったばかりだが、ひびのさんは「互いに助言し合ういいチームになってきた」と手応えを口にする。「アートは特別なものではなく誰にでもできる。自分が踊ったらどうなるかを想像しながら見てほしい」

―チケット情報―
 10月8日午後3時、9日午前11時30分、午後3時、10日午前11時30分、15日午前11時30分、午後3時、16日午前11時30分開演。会場は男木小中学校グラウンド。入場料は千円ほか。前売り500円。問い合わせは瀬戸芸実行委事務局、電話〈087(813)0853〉。

粟島アーティスト・イン・レジデンス

 2010年から始まった粟島芸術家村事業「粟島アーティスト・イン・レジデンス」は、三豊市詫間町の粟島で若手芸術家が長期間滞在しながら創作に取り組む活動だ。東京芸大学長の日比野克彦さんが校長を務める「日々の笑(しょう)学校」(旧粟島中学校)を拠点に、今年はアーティストの佐藤悠さん(36)=三重県出身=と、書家の森ナナさん(32)=福岡県出身=が、6~9月の4カ月間にわたる島暮らしで得たアイデアを基に、住民たちと力を合わせて仕上げた作品を瀬戸芸秋会期で展開する。2人に創作活動の背景や作品に込めた思いなどを聞いた。


佐藤悠さん(右)と森ナナさん(左)


住民の熱意に圧倒された ▪ 佐藤悠さん

 ―4カ月間の活動で印象に残ってることは。
 住民の皆さんの熱意に圧倒された。島に着いた瞬間から「何を作るんや?」「何を手伝ったらいい?」と次々に声をかけられ、いい意味でプレッシャーを感じた。この熱意を一緒に絵を描くことにつなげれば、何かものすごいものができるんじゃないかという期待感が湧いた。
 ―制作している作品は。
 高さ1・3メートル、幅10メートルのパネルにアクリル絵の具で描く「粟島大絵地図」。ルポール粟島の支配人だった故西山恵司さんが2008年に描いた巻物状の絵地図に着想を得た。粟島は3枚羽のスクリューの形をしていて、さまざまな人の視点や解釈で描いていけば、粟島の新たな魅力の発見につながると考えた。
 ―どこにこだわった。
 皆さんが思い描く粟島を自由にキャンバスに表現してもらうことを重視した。ほぼ毎日手伝いに来てくれた島のお母さんたちをはじめ、ボランティア団体のメンバー、観光で訪れた人、連絡船の船長ら本当に大勢の皆さんが島の自然や名所旧跡、家並み、船などを自由に楽しく描いてくれた。
 ―瀬戸芸来場者にメッセージを。
 個性豊かで多様な表現方法が混ざり合った絵地図を通して、制作に関わった人たちの感性や思いを自分なりに感じ取ってもらいたい。


粟島の住民らと共に「粟島大絵地図」を制作する佐藤さん(中央奥)


交流が作品のアイデアに ▪ 森ナナさん

 ―どんな思いで芸術家村に参加したのか。
 書家としての活動は、作品と一対一で向き合うことが多い。島の住民と交流しながら作品を構想し、生み出していくことが新鮮で、創作活動の新たな可能性を試してみたいと考えた。
 ―島の住民との交流で何かアイデアを得たのか。
 島じゅうを自転車で走り回って調査する中、海を泳いで島に渡るイノシシの話を耳にして衝撃を受けた。島で唯一の猟師さんに連れられ猟に同行、解体処理の中で皮や骨が捨てられていることを知った。書道の墨は油や木を燃やして出るすすと、動物の皮や骨から抽出した膠(にかわ)を混ぜ合わせて作る。そこで駆除したイノシシと竹を活用して墨を作り、住民たちの拓を取ることを思いついた。これなら島外から資材を持ち込まなくて済み環境保全にもつながる。
 ―制作で苦労した点は。
 私自身も、協力してくれている住民の方たちも墨を作るのは初めての経験。作り方を調べて試行錯誤を繰り返している。作品に使う墨の量は十分とは言いがたく、思うように制作のペースを上げられていないのが現状だ。
 ―秋会期開幕は目前だ。
 手伝ってくれている住民の中には「高齢で協力できるのは今回で最後」と口にする人も多い。その思いに応えるためにも、皆さんの姿を残せるよう、しっかり作品を仕上げたい。


地元住民たちと伐採した竹を燃やして採取したすすを確認する森さん(右)


瀬戸内少女歌劇団「せとうち物語~塩飽編~」

島の物語、名所で上演

 瀬戸芸会場となった島をテーマに、取材や脚本づくりを公募で集まった人たちが手掛ける「瀬戸内少女歌劇団」。2019年の前回瀬戸芸で発足し、「せとうち物語~粟島編~」を上演した。今回取り組むのは「塩飽編」。総合ディレクター北川フラムさんの原案で、本島の名所を巡るバスツアーの形を取り、それぞれの場所にまつわる物語を上演する。
 出演者は県内をはじめ関西からも応募があり、20代~40代のメンバーが7月から週2回、土・日曜の午後をほぼ丸々使っての練習に汗を流している。出演者はそれぞれ、島の歴史について調べたり、島内の人に思い出などを取材。ワークショップファシリテーターの三好真理さんが中心となり、調べたことを基にイメージをふくらませて、どう脚本や演出に取り込むか提案しあっている。
 楽器演奏や歌のほか、前回、粟島の海員学校OBから習った手旗信号を盛り込んだダンスも練習。アコーディオンの伴奏に合わせて体を大きく使い、水色と白の手旗をきびきびと動かしていた。
 演者の白川夢華さんは2回目の参加。「島の人がお話ししてくださったことや、そこから感じ取ったことを表現していくのは難しいけれど、みんなでつくり上げていくうちに発見がある」と楽しんでいる様子だった。
 三好さんは「島の伝説、歴史、人々の思い出など、私たちの感性を通した本島を見て、また来たいなと思ってもらえる公演にしたい」と意気込みを話した。

―チケット情報―
 10月22日午後3時、23日午前11時30分、午後3時、29日午後3時、30日午前11時30分、午後3時開演。本島港付近でバスに乗車、島内各所を巡る。料金は当日2千円ほか。前売り1500円。問い合わせは瀬戸芸実行委事務局、電話〈087(813)0853〉。


手旗信号を盛り込んだダンスの練習をする出演者=丸亀市内


イベント、他にも多彩に

 瀬戸芸秋会期の期間中は、各会場で多彩なイベントやプロジェクトがめじろ押し。高見島の「バシライ 瀬戸内 土のレストラン」は、土を研究している作家3人で構成するグループ「バシライ」によるイベント。会場となっている女木島、小豆島、高見島の三つの島で採集した土を来場者と共に触ったり嗅いだりすることで、時代を重ねた土地の歴史を掘り起こし、理解を深める。
 坂出・王越地区では、庭プロデューサーや庭師と、オリーブ植栽のための穴掘りや土づくりを行うイベント「GREEN SPACE オーチャード王越」が開かれる。作家と協働して地域の魅力づくりに取り組める構成だ。



(四国新聞・2022/09/15掲載)


瀬戸内国際芸術祭2022


四国新聞 特集 瀬戸内国際芸術祭


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