香川県三豊市詫間町の粟島にあり、行き場のない気持ちや誰かに伝えたい思いを預かっている「漂流郵便局」に届いた手紙が5万通に達した。瀬戸内国際芸術祭のアートプロジェクトとして誕生してから9年。全国各地や海外から寄せられたはがきや封書一枚一枚に目を通し、保管している局長の中田勝久さん(88)は「人生の悲喜こもごもが綿々とつづられている。まさか5万通になるとは想像していなかった」と感慨深げに振り返る。届けたくても届けられず、漂い流れ着いた思いは積み重なり、人々の心を癒やし続けている。


「漂流郵便局」に届いた手紙が5万通に。手紙を読む来訪者に応対する中田さん(右から2人目)=香川県三豊市詫間町、粟島

「漂流郵便局」に届いた手紙が5万通に。手紙を読む来訪者に応対する中田さん(右から2人目)=香川県三豊市詫間町、粟島


1日10~20通

 漂流郵便局は、現代美術家の久保田沙耶さん(34)が2013年に瀬戸芸の作品として旧粟島郵便局舎を活用して制作。届け先の分からない手紙をいつか宛先不明の存在に届くまで漂流私書箱に漂わせて預かるというコンセプトが反響を呼び、1カ月で約400通が届いた。

 元粟島郵便局長で局舎を所有する中田さんが局長、久保田さんが局員という設定で、届いた手紙は会期終了後も中田さんが管理し、引き続き展示を行っている。

 伝えられなかった親への感謝、夫や妻への愛情、子どもに先立たれた無念…。手紙は亡くなった人や別れてもう会えない人に宛てたものが大半を占める。一方で未来の自分に向けたメッセージなども少なくない。

 今年は1月に「月9」と呼ばれる民放のドラマに登場し、注目度が再び高まった。届く手紙も増え、現在は1日10~20通程度。中田さんは日付入りの受付印を押し、毎日の枚数をノートに記録している。5万通を超えたのは5月25日だった。

県外から続々

 月2回開けている漂流郵便局では、届いた手紙を展示していて自由に読むことができ、手紙を出した人や読みたい人が訪れている。20年以降は新型コロナウイルス感染拡大の影響で臨時休館を繰り返し、今年は3月末から再開した。

 開局日には東京、大阪など主に県外からの来訪者がひっきりなし。手紙を夢中になって読みふけったり、机に向かって局内で販売するオリジナルのはがきに思いをつづったりする姿が見られる。

 「手紙を読んでいると自分の言葉にならない気持ち、まさに漂っている気持ちが湧き上がってくるよう」。粟島芸術家村事業で今月から粟島に滞在している書家の森ナナさん(32)も心を揺さぶられた一人だ。

 「誰かに伝えたいけど伝えられないという人がこんなにいて、受け止めてくれる場所がある、受け止めてくれる人がいる。すごいことだなと思う。交流サイト(SNS)で発信するのとは違う」

体の続く限り

 中田さんは開局日には局長の制服姿で訪れた人に応対し、記念撮影を求められれば気さくに応じている。

 5万通の節目を迎えた心境を、中国の古典「中庸」に記された「悠久は物を成す所以(ゆえん)なり」との言葉に込める。「これまでの出来事が走馬灯のように去来し、感無量」。当初、13年の瀬戸芸終了後に撤去予定だった作品だけに「ボランティアとはいえ、残すことには勇気が必要だった。継続して良かったと思う」としみじみと語る。

 増え続ける手紙は作品であるブリキの箱に入りきらなくなり、本物の郵便局から譲り受けた棚などに収納している。

 「つらいことはなくなることはない。でも、誰かに読んでもらうことで少しでも癒やされるのでは」。その一心で流れ着く思いを受け止め、「体の続く限り漂流郵便局を続けたい」と自らに言い聞かせるように話す。

 開局日は毎月第2、第4土曜。時間は午後1~4時。不定休。入館無料。手紙の宛先は、郵便番号769-1108 三豊市詫間町粟島1317の2 漂流郵便局留め。久保田さんは届いた手紙を紹介する書籍をこれまでに2冊著している。

(四国新聞・2022/06/30掲載)



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