香川、岡山の島々などを舞台にした現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭2022」の夏会期開幕まであと2週間となった。夏の日差しを受けてまぶしいほどに輝きを増した瀬戸内海をキャンバスに、アーティストたちの息遣いや島の歴史、自然が織りなす「特別な夏」が間もなく始まる。



 夏会期は8月5日から9月4日までの31日間。春会期に続いて直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島(岡山市)の7島と高松港、宇野港(玉野市)周辺が舞台となる。
 夏会期の新作は、台湾の人気作家、王文志(ワンウェンチー)さんをはじめ、ニコラ・ダロさん(フランス)、鴻池朋子さん、冨安由真さん、渡辺篤さんらの19作品。小豆島や豊島、女木島、大島などに登場し、作品が現代社会に放つ主張が見どころとなる。
 今回の瀬戸芸が掲げる「島と本土側の連携強化」に向けた取り組みでは、目玉の一つ、高松市の屋島山上交流拠点施設「やしまーる」が開幕日の8月5日にオープンを予定。曲線を描いた独創的な回廊型の建物から高松市街や瀬戸内の多島美を堪能できるほか、秋会期の新作となる源平合戦をテーマにした約180度の大パノラマ絵画やジオラマの制作が進んでおり、来場者に地域の自然美や壮大な歴史をあらためて伝える。



 瀬戸芸はアート以外に「食」も重点テーマ。来場者に瀬戸内の味覚を楽しんでもらう「食プロジェクト」では、春会期に続いて島々への起点となる高松港のイベント広場に「食のテラス」を設置。会期中は毎日物販ブース、キッチンカーが出店し、県産食材を使った弁当や軽食などをテイクアウト形式で提供する。
 島への航路では、高松港と女木島・男木島間を結ぶ「めおん」に続き、宇野と直島間にも新造船「せと」が就航した。「海の復権」へ進化を遂げるアートの祭典。あなたもその魅力を体感してみませんか。

小豆島 ゼロ ワン・ウェンチー(王文志)

私の思い パンデミックの困難をリセット

 瀬戸芸は第1回から参加しており、家・光・夢・恋という作品を経て今回は原点に戻って、1サイクルを示す「ゼロ」をテーマにした。この3年間、世界がコロナ・パンデミックにより受けた困難をリセットし、再出発するという意味も込めている。


ワン・ウェンチー(王文志)さん


 作品はこれまでと同様に、竹を素材としたドーム状の建築物だ。竹林の中で生まれ育った私にとって竹はとても身近な素材だ。狭い入り口から中に入ると、らせん状の通路を通って天窓に達し、いつの間にかまた戻っている。中は広く、過ごし方にルールはない。手作りの温かみあふれる空間で、ゆったりとした時間の流れや、竹の編み目から入る繊細な光を感じてもらえれば。イベントスペースとしてうまく利用できれば、人と人とがつながるための場所にもなるだろう。



 第1回の制作前に視察したとき、この場所に対する地元の人の愛情に感銘を受けたが、ここはすでに私にとっても古里のような場所だ。作品の制作に地元の人がとても大切な役割を果たしてくれており、常に感謝し、信頼している。

自然との関係や 循環考える機会に

 材料となる竹集めは、2010年の初回から地元の中山自治会が全面的に協力。現在は中山イベント推進会として、毎回4000~5000本もの竹を地元の竹林から切り出し、小枝を落とすなどしてから建設現場に搬入する。


地元の中山イベント推進会のメンバーが用意した竹の前で談笑する王さんと井口代表(左)=小豆島町中山


 同推進会代表の井口平治自治会長(72)は「初回は竹林が荒れていて、切った5000本を搬出するルートのために、その倍は切ってどけなくてはならなかった。最近では、定期的に人の手が入るために足元も整備され、王さんが必要な竹も分かっているので、作業もかなりスムーズになった」と話す。
 今年は長引くコロナ禍のため大勢が集まる作業がしにくく、構造に不可欠な15メートル級の長いものだけは地元の人が伐採。他は時期をずらすなど工夫して集めた。一方、台湾から来日したスタッフ約15人は骨組みを立ち上げて制作を急いでいる。
 竹は繁茂力が強く、放置すると家や田畑を侵食する。井口さんは「若い人を中心に大勢が集まり、地域のつながりを感じるだけでなく、竹林をはじめとする自然との関わり方、循環の大切さを考える機会にもなっている」と話した。

オフィシャルツアー好評 小豆島に新ルート

 待ち時間なしで作品を鑑賞できる「オフィシャルツアー」が好評だ。夏会期では、新作を中心に巡る「ベーシックコース」と、女木島で映画と作品を鑑賞する「スペシャルコース」の2種類を春会期に続いて設定。ベーシックコースは内容を充実し、新たに周遊ルートを設け、専属ガイドの案内を受けながらアートや瀬戸内の「食」、島の魅力が存分に楽しめるプランとなっている。
 設定は、高松または岡山を発着する▽豊島▽男木島・女木島・大島▽小豆島―の計6コース。このうち小豆島コースは、人気作家の王文志さん(台湾)をはじめとする新作が数多く登場することから、曜日ごとに四つの周遊ルートを新設した。高松港発着のツアーは水曜と日曜に設定。水曜が小豆島町の草壁、坂手、中山エリア、日曜が同町の中山、寒霞渓、福田エリアを巡る。
 全てのツアーには地元の食材を使った食事が付く。定員はコースごとに異なる。参加費は1万2千円~1万6千円。申し込み方法は瀬戸芸の公式ホームページを参照。

「食のテラス」 夏から終日営業

 「食」を通じて地域の魅力を感じてもらう瀬戸内国際芸術祭の「食プロジェクト」。同芸術祭実行委員会が主催する「高松港 食のテラス」では、春会期に続き、夏会期も毎日、県営桟橋近くのイベント会場で、県産食材を使った弁当や軽食を販売する。


県産食材を使った弁当や軽食を提供する「食のテラス」


 春会期では、午前と午後の2回に分けて営業していたが、瀬戸芸来場者を対象にしたアンケート結果や利用者からの要望を踏まえ、夏会期は営業時間を変更。平日は午前9時30分~午後6時30分、土・日曜、祝日は午前7時~午後6時30分の終日営業に改め、休憩時間をなくして利便性を高める。
 午前中は、昼食向けにオリーブ豚のハンバーグ弁当などを販売するほか、午後は軽食やスイーツを中心にテイクアウト形式で提供する。同芸術祭実行委は「香川ならではの食材の良さを大勢の人たちに味わってもらいたい」としている。

高松港周辺 プロジェクト「同じ月を見た日」 渡辺篤

私の思い 他者の「孤立」想像して

 引きこもりや新型コロナウイルス禍による外出自粛で人々が孤立しがちな現代社会。それぞれの理由で孤立状態にある人たちに撮影してもらった月の写真をつなぎ合わせ、映像化した作品を屋島山上で上映する。月を撮影した人々がどんな状況にあるのか、思いをはせてもらうプロジェクトだ。


渡辺篤さん


 孤立には家庭の事情や病気によるものなどさまざまな背景がある。一方、2年前にコロナ感染が拡大し、外出規制などによって世界中の人々が引きこもらざるを得ない状況になった。多くの人が孤立状態を経験したことで、コロナ禍以前から生きづらさを感じていた人の立場を想像しやすくなったのではないか。



 孤立には家庭の事情や病気によるものなどさまざまな背景がある。一方、2年前にコロナ感染が拡大し、外出規制などによって世界中の人々が引きこもらざるを得ない状況になった。多くの人が孤立状態を経験したことで、コロナ禍以前から生きづらさを感じていた人の立場を想像しやすくなったのではないか。

豊島 かげたちのみる夢 冨安由真

私の思い 視点の変化を味わって

 豊島の民泊に滞在しての制作。島の人はとてもよくしてくれるし、自然の中での展示は大好き。作品は築100年余りの空き家でインスタレーションを展開する。小泉八雲の短編小説「和解」を題材にしたもので、最初にこの家を見た時に思い浮かんだ。


冨安由真さん


 「和解」は、主人公の男が別れた妻の家を訪れ、妻と再会する夢から目覚めるようなシーンが描かれる。作品では、台所や物置、トイレなどさまざまな部屋を経由して、物語のように徐々に夢の世界へ入り込んでいく感覚を味わってもらう。
 自然光で雰囲気を演出し、家具や破れた障子、食器など元々あったものを生かしている。メインはこの空き家からインスピレーションを得て描いた油彩画で、各部屋に展示するので注目してほしい。



 家を出ると作品世界から現実に戻るが、その瞬間に感じる「視点が変化する感覚」に目を向けてもらうのが狙い。そういった感覚は見落としがちで、この体験を日常の中で思い出してほしい。



感染対策を強化 熱中症にも注意

 県内では、新型コロナウイルスの新規感染者が急増していることを踏まえ、県は瀬戸内国際芸術祭の夏会期について感染対策を強化する。
 各会場へのアクセス拠点となる高松港旅客ターミナルビル1階の総合案内所には、サーモグラフィーカメラを使って体温を自動測定する検温システムを設置。既に導入済みの直島の宮浦港、岡山県の宇野港と合わせて計3カ所に増やす。


体調に異常がないことを示すリストバンド。今回の瀬戸芸感染対策として導入した


 来場者には、公式ウェブサイトや交流サイト(SNS)を活用し、マスク着用や手指消毒の徹底を図るほか、春会期に引き続き、作品鑑賞や関連施設への入場の際は、発熱や体調に異常がないことを示すリストバンドの着用を求める。
 県内では連日、気温が高い日が続いており、熱中症にも注意が必要だ。瀬戸芸作品は屋外展示が多い上に、感染対策のマスクは熱がこもりやすく、喉の渇きにも気付きづらくなる。作品を巡る際は、スポーツドリンクや経口補水液、塩分補給のタブレットなどの小まめな摂取を心がけよう。速乾性や通気性に優れた服装、日傘、帽子などの対策も忘れずに。
 めまいや顔のほてりといった症状が出たら熱中症のサイン。風通しのいい日陰やエアコンが効いた室内に避難し、氷枕や保冷剤、ぬらしたタオルなどで首筋や脇、脚の付け根を冷やそう。

(四国新聞・2022/07/22掲載)


瀬戸内国際芸術祭2022


四国新聞 特集 瀬戸内国際芸術祭


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