瀬戸芸 新たな代表作 高松市屋島山上交流拠点施設「やしまーる」

 高松市屋島山上交流拠点施設「やしまーる」は、延べ床面積が約千平方メートル。緩やかに湾曲した全長約200メートルの回廊状のデザインが特徴で、ガラスを多く取り入れた展望スペースからは瀬戸内海の多島美を堪能できる。



 施設内には多目的ホールや文化観光情報案内、飲食・物品販売の各スペースを設置。パノラマ展示室では、東京芸大副学長で現代美術家の保科豊巳さんが源平合戦をテーマにした縦約5メートル、横約40メートルの大作「屋島での夜の夢」を現在制作中で、秋会期の新作として公開する。
 瀬戸内国際芸術祭2022では、メイン会場となる島と本土側の連携を強化し、地域の自然や歴史、文化などの魅力を互いに発信する事業を通じた周遊促進を重点テーマに掲げている。高松市は、やしまーるを屋島への誘客につなげる目玉事業に位置づけている。

設計者・周防貴之さんインタビュー 屋島の素晴らしさ再発見して

 夏会期には19の新作が登場。このうち、目玉の一つが高松市の屋島山上に完成した交流拠点施設「やしまーる」だ。現代アートの展覧会などで大型インスタレーションも手がける建築家の周防貴之さん(41)=京都市在住=が設計。川の流れのようにゆったりと蛇行する回廊と、開放的な広場によって形成された特徴的な空間には非日常の雰囲気が漂い、瀬戸芸を代表する建築作品の一つとなっている。来県した周防さんに、施設のコンセプトや完成に至るまでの苦労などを聞いた。


周防貴之さん

周防貴之さん


 ―コンペで自身の案が採用された。率直な感想は。
 今回のコンペは、経験や国籍を問わず応募が可能で、建築界では話題で持ち切りだった。妹島和世建築設計事務所・SANAAから独立した直後で「力試しするしかない」と勢いで挑戦した。有名建築家らが名を連ねる中、自身の案が選ばれた時は本当にびっくりした。それと同時に自分の考えが評価されてうれしかった。

 ―屋島に対するイメージは。
 戦後から現在に至るまでの航空写真や、地元の人たちの話などを通じて、屋島が香川観光の代名詞で県民の誇りであること、かつてのようなにぎわいはなく、閑散としつつある現状などが見えてきた。今回のコンペでは屋島の魅力を最大限に引き出すことが求められていたため、今後の屋島のあるべき姿を深慮した結果、単に建物を設置するのではなく、周囲の景観と一体化した空間をプロデュースすることが重要と考えた。

 ―特徴的なデザインになった。
 場所によっては高低差が3メートルもある地形を念頭にデザインを考えた時、川の流れを表したような回廊型のデザインが浮かんだ。周囲の森に違和感なく溶け込むよう回廊の高さは木々より低くした。さまざまな景色が楽しめるよう、回廊の壁面はガラス張りとし、回廊内側には六つの広場を設置して開放感あふれる空間を創出している。

 ―設計や工事で苦労した点は。
 回廊は曲がりくねった3次元の連続体のような特殊な造りで全長が約200メートルもある。このため、測量は数千カ所に上ったほか、屋根の骨組みやそれを支える支点、瓦などのパーツは一点として同じ物がなく量産できないため、職人の確かな技術が必要だった。世界的に見てもかなり難しい工事。本当に大変だったのは、非常に手間が掛かる作業を行う職人さんたちのモチベーションを保つこと。想定外のトラブルでは、エレベーターの設置箇所に岩盤が見つかり、設計変更で約9カ月間の工事中止を余儀なくされた。

 ―今回のプロジェクトを通じて得たことは。
 地元の多くの人たちが当事者になったこと。知り合いの大手ゼネコンOBから「建築とはその土地のもの。そこに住む人たちの手で造り上げることが大切」と言われた。それは作業に関わった人がその仕事に誇りを持ち、さらに次世代への技術の継承につながることを意味している。この工事を地元業者が落札し、そして完成させてくれたことをとてもうれしく思う。
 また、約3万枚に及ぶ特注の屋根瓦は庵治石製で、墓石に適さない規格外の石を使用した。約30の石材業者が協力し、仕事の合間を縫って作ってくれた。地元の特産品を流用できたことで市民に愛着を持ってもらえるだろうし、庵治石の新たな付加価値の創出にもつながった。プロジェクトを通じて地域に貢献できたと自負している。

 ―来場者に一言。
 県民の皆さんや観光で訪れた人たちに、「屋島はこんなに素晴らしい場所だったんだ」と魅力を感じ、再発見してもらう施設になることを願っている。そして、集いや憩いの場として大勢に活用してもらいたい。

お盆と会期末 混雑ピークに

 瀬戸内国際芸術祭事務局によると、夏会期(5日~9月4日)の来場者のピークは、お盆休み中の11~16日と27、28日、9月3、4日と予想。状況によっては希望する船やバスに乗れない可能性が高く、複数の作品で大幅な待ち時間が発生すると見込んでいる。新型コロナウイルスの感染が全国で急拡大する中だが、人の流れが活発化する夏休みに重なって大勢が訪れることが想定されるため、同事務局は来場者に対し、熱中症にも注意しながら3密の回避やマスク着用などを徹底するよう呼びかけている。




見どころたっぷり 夏会期の注目作

女木島 ナビゲーションルーム 二コラ・ダロさん(フランス)

私の思い 悠久の時間 旅する海図



 新型コロナウイルスの影響で長い間島に入れず、写真を見ながら女木島をイメージしていたが、実際に訪れてみると海や景色がとてもきれいで感動した。フランス人作家が何人も参加している有名な瀬戸芸に初めて参加できたことをとても幸せに感じている。
 「ナビゲーションルーム」は、パリの美術館で見たマーシャル諸島に古くから伝わる竹で編んだ枠に星や島を表す貝殻をくくりつけた「スティックチャート」と呼ばれる海図から着想を得て制作した。
 作品は、人が踊っているかのように上下に揺れながら回る3台の海図と、それらをつなぐレールの上を転がる天体を模した円盤が連動して動く。部屋の中には、知人のフランス人作曲家に依頼した「時」をイメージした12曲がオルゴールから静かに流れる。
 ここを訪れた人たちには、ぜひ背景に広がる瀬戸内海の景色と融合した海図の動きをさまざまな角度から眺めてほしい。そうすれば悠久の時間を旅することができるだろう。


二コラ・ダロさん

二コラ・ダロさん


男木島 男木島パビリオン 大岩オスカールさん(ブラジル)

私の思い ペンで描く瀬戸内の美



 男木島は、2010年の第1回瀬戸芸で作品を展開した思い入れのある場所。またここで作品を展示できるのでうれしく思う。
 新作「男木島パビリオン」は、男木港や瀬戸内の島々、遠くは瀬戸大橋まで一望できる高台にある。以前、そこから素晴らしい景色を目の当たりにした時に受けたインスピレーションからアイデアが浮かんだ。
 作品は「紙の建築」で知られる坂茂さんとの共同プロジェクト。坂さんが設計した紙管の柱など環境に配慮した素材でできた建物の中に、高さ約2メートル、幅約6メートルの大きな窓がある畳の部屋を設置。そこから見える瀬戸内海をキャンバスに見たてて、ガラス面にタコや魚、海を行き交う船などをペンで直接描いた。
 表現手法は至ってシンプル。それ故、実景の魅力を損なわずに想像の世界を融合させ、その空間を体験してもらえるかという点に力を注いだ。ガラスに描いた絵をじっくり見れば新しい発見があるかも…。ぜひこの空間を楽しんでほしい。


大岩オスカールさん

大岩オスカールさん


小豆島 辿り着く向こう岸 シャン・ヤンさん(中国)

私の思い 歴史や文化 継ぐ策探る


完成イメージ

完成イメージ


 小豆島は人も環境も素晴らしく、前回の瀬戸芸に引き続きここで展示できて幸せ。今回は、船の構造を逆さまにしたような巨大な木造作品を草壁港に浮かべる。内部は中国で廃棄された家具や建具を組み合わせて作った約10の部屋で構成しており、それぞれ異なる空間が楽しめる。



 作品の家具・建具は中国全土の倉庫などにあった100~200年前の物を修理して使用。そこには豊かな生活を願う先人の思いや三国志などの物語が装飾としてあしらわれている。今作はそれらを体感できるいわば「歴史のトンネル」。しかし、こうした歴史的、文化的価値のある物は失われようとしており、作品を通じて今後どうやって後世に残していくべきかを考えてほしい。
 世界に目を向けると、新型コロナウイルスや戦争など深刻な問題が起きている。船を逆さまにしたのは、これらの問題の解決策や各自の人生の方向性も考えてもらいたいからだ。まずは作品を楽しんで、思いを巡らせてほしい。


シャン・ヤンさん(中国)

シャン・ヤンさん(中国)


大島 物語る金の豚・リングワンデルング 鴻池朋子さん

私の思い 療養所の絵 パワー放つ



 夏会期からは、浜辺へ“脱出する”ための石組みの階段を加えた散策路「リングワンデルング」(2019年)と「物語る金の豚」を新たに展示する。
 このうち「物語る金の豚」は、国立療養所「菊池恵楓園」(熊本県合志市)の絵画クラブ「金陽会」のメンバーによる水彩や油彩画など約50点のことを指す。国立療養所「大島青松園」にある「カフェ・シヨル」内のあちこちに飾り付け、まるで自宅で眺めているような空間づくりを目指した。
 初めて作品に出合った時、一枚一枚のエネルギーの強さに目を奪われた。「元ハンセン病患者が描いたから」というバイアス(偏り)はなく、大島に解放感を与えるようなパワーを感じ、個性的な作品を借りて展示を決めた。特になんとも言えない表情をした豚を描いた作品に心引かれ、タイトルにもしている。



 高松市美術館にも大作を中心に展開している。作品が道しるべとなり、大島と往来するうちに生まれた感情を大切にしてほしい。
(注・大島の作品公開は新型コロナウイルスの感染急拡大のため、15日からに変更となった)


鴻池朋子さん

鴻池朋子さん


(四国新聞・2022/08/05掲載)


瀬戸内国際芸術祭2022


四国新聞 特集 瀬戸内国際芸術祭


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