一つの作品に向き合う至福 昨秋オープンした「1つだけ美術館」 広がる鑑賞者の価値観
香川県高松市高松町の独身寮をリノベーションした複合施設「TAKAMATSU JAM4.5」で、4畳半の部屋に一つだけの作品を展示する「1つだけ美術館」が誕生している。展示内容は絵画や彫刻といった美術だけでなく、植物や茶の湯なども随時選定するなど既成概念にとらわれずに「アート」を発信する取り組み。昨秋のオープンから間もなく1年を迎え、徐々に注目を集めている。
1つだけ美術館は昨年11月、アートディレクターで学芸員の資格を持つ吉岡律子さん(47)=高松市=がアトリエや飲食、雑貨店などが入居する複合施設の一室にオープン。4畳半の部屋には大きな窓があり、外に広がる風景とともに作品を鑑賞できるのが特徴。買い物などのついでに立ち寄ってもらおうと、入場料は寄付制にしている。
同美術館を開設したのは、苦手意識を持たず気軽にアートに触れてほしいとの思いから。「一般的な美術館はジャンル分けされた作品が数多く並び、全て鑑賞するとどうしても疲れてしまう」と吉岡さん。「一つの作品に先入観なく向き合うことで、作家のメッセージを受け取りやすくなる」と狙いを話す。
作品は「独自性や作家の信念が感じられるもの」を選定。現在は13回目の企画展として琴平町の美術家蔵本秀彦さんの現代アート展「バベル」を開催中で、音や映像、絵画を通じて個人や環境によっても異なる「時間の感覚」に目を向けてもらう内容になっている。
過去には日本人の美意識を凝縮した「総合芸術」として茶の湯の世界のインスタレーションを紹介し、館内に茶席を設けて来場者に体感してもらった。一般的な美術館ではタブーとされる植物を並べ、香りをテーマにした作品展を開いたこともある。吉岡さんは「これもアートなんだ、と鑑賞者の価値観が広がれば」と期待を込める。
吉岡さんは高松市と東京を拠点にデザイン事務所を経営。幼い頃から絵や物作りが好きで、高校時代には「美術館をつくる」夢を漠然と抱いていた。新型コロナウイルスの流行で自分と向き合う時間が増え、夢を実現したいと考えていた際、さまざまなクリエーターが集まる「TAKAMATSU JAM」の内装を引き受けたことをきっかけに一念発起。クラウドファンディングで資金を集めてオープンにこぎつけた。
11月で1周年を迎える。来館者は徐々に増え、「一つだけ鑑賞する良さが分かった」との声も寄せられているという。寄付への協力も広がり「文化的資源の保護に理解を示す人は多いと分かった」と手応えを語る。
将来的には美術館の“出張”も検討。福祉施設や県外の離島などに作品を持ち込み、普段はアートを鑑賞する機会が少ない人にも届けたいと思っている。
吉岡さんは「社会に芸術は必要なのかという問いを耳にするが、芸術がないと生きていけない人もいる。今後も美術館として社会のために何ができるかを考えていきたい」と前を見据える。
現在の個展は30日まで。10月はメンテナンスのため休館し、11月から新たな個展を開催する。
(四国新聞・2023/09/29掲載)